彩桜学園防衛目録
著者:自由気儘


「暗くてよく見えないよ……」

「大丈夫だ、じきに目が慣れる」

「静かにしろ、お前ら。見つかったらどうすんだよ」

 草木も眠る丑三つ時。暗闇の中で影が蠢く……

「心配するな、俺のリサーチじゃこの時間帯には誰も居ない」

 ここは彩桜学園――八王子のどこかにあるという巨大学園である。

 中等部・高等部・大学部、更には附属の大学院までもを内包したマンモス校ならぬ恐竜校である。その広大な敷地は生徒どころか教職員でも把握しきれず、本来の住所は八王子ではなく東京都、もしくは関東そのものであるとも噂されている。
 様々なベクトルや規模・要素・属性を持つ謎が複雑に絡み合い、打ち消し合いながら存在するこの学園を一部の生徒は、“魔窟”・“亜空間”・“小宇宙”・“魔境”・“楽園”・“聖域”・“理想郷”等様々な別名を付け日々を過ごしている。

「こっちだ。昨日の雨で床が湿ってるから滑るなよ」

「了解!」

「ちょ、待ってよ〜」

 そんなカオス極まる学園の校舎を駆け抜けていく人影が3つ。

「あのさ……」

「ん?どうした」

「ホントにこんなことしていいのかな……?これってモロ不法侵入だし、これからやることなんて犯罪なんじゃ……」

「おいおい……今更なんだよ。怖じ気づいたのか?」

「忘れたのか?この日の為に念入りに計画を練ってきたということを」

「でも……」

「でもじゃないって」

「他にチャンスは無い。やるなら今だ」

「うぅ……」

 校内の各所で光を放ち、まるで鬼火のような警告灯。その光に惹かれる虫のように3人は再び走り出す。


*******

「着いた……」

 息を切らせながら彼らは目的地にたどり着いた。そこの飾り気のないのっぺりとした目の前のドアには【音楽準備室】と書かれていた。

「鍵は?」

「開いている。今日の音楽は藤崎しか授業がない」

「あいつテキトーな性格だからそういうの気にしないからな」

「開けるぞ」

「OK、開けてくれ」

 ゆっくりと、軋み一つ立てずにドアが開かれる。今、彼らの前にあるのは栄光への花道。硝煙の世界の住人が見れば将来を楽しみにするほどの忍び足と警戒をしながら彼らは部屋へと足を踏み入れる。雑多な楽器類の隙間を音もなく縫って進み、そして彼らの求めた宝にたどり着いた。

「……やったな」

「ああ、やったとも……」

 彼らの前には一本の金管楽器――言うまでもなく学校の備品がある。

「本当に俺だけやっていいのか?」

「ああ、かまわない。俺はここまでの道順や計画立てるだけで十分楽しめたからな」

「佐橋のヤツ、怖じ気づいて帰らなきゃこれとご対面できたのに……。もったいねぇな」

「居ないヤツのことを言ったってしょうがない」

「だな。サポート感謝するぜ、相棒」

 まるで相棒(バディ)ムービーのようなノリで2人の友情が固く結ばれた。

「よし、いくぜ!!」

――ただ、これから行われるのはそんなやりとりを木破微塵にうち砕くようなことである……

「学年一の美少女、若菜ちゃんのフルートに。いざ、愛の接吻を……」

 ……お解りになっただろうか?この清々しい友情の後にある雰囲気を完全破壊する行為を。今の時代にこんな生徒が平然と存在しているのも、また彩桜学園の特色なのかもしれない……

(若菜ちゃ〜〜〜んぅうう〜〜〜)

 分厚い雲に覆われ、月明かりが失われた闇の中で今、本人の知らない所で若菜なにがし少女の様々な大切なものが汚されようとしていた。

「フッフッフッフッフッ……」

「!?」

「だ、誰だ!?」

 しかし、突如として謎の声で静寂が破られた……

「フッフッフッフッフッ……」

「やばい、見つかったか!?」

「ありえない、この時間帯は本当に誰も居ないはずだ……。俺の調査が不完全だと……!?」

 謎の声に色めき出す少年達を尻目に声は続く。

「少年達よ、その行い、改める気はないか?」

 闇を創り出していた雲が移ろい、徐々に月明かりが射していく。

「思春期の男子である以上、エロスに心動かされるのは必然かもしれない。綿密に立てられた計画も見事。しかし、それの持ち主である少女の心を汚すようなその行為だけはよして貰おうか」

 窓の向こう、立旗用のポール。そこの頂上に佇立する人影――

「不服というならば仕方ない。ならば――」

 その人影が――

「この彩桜学園警備員、佐蒲晶(さかばあきら)が立ちはだかろう!!」

 ――高らかに言い放つ。部屋の外からの声だというのにはっきりと聞こえた。

『……』

「(フッ……決まったな……)」

 唖然とする少年たちを見て、謎の警備員は不敵な笑みを浮かべていた。

「私に対して声も出ないとは……ふふふ……登場シーンをなんども吟味して練習を重ねた甲斐があったというものだ……」

『……』

「ふふふ……」

「……まあいい、続きをやれよ」

「ああ、そうだな」

「お、おい!お前達、私の言葉が聞こえなかったのか!?――ってこら、カーテンを閉めるなぁ!!」

「なんだか外が騒がしいが……まあ、気にするな」

「あれは多分不審者だな。明日先生に言っておこう」

「こら、そこは普通やめるところだろう!?お前達に一般常識はないのか!!」

「あれに言われてもなぁ……」

「だな」

「じゃ、改めて……若菜ちゃん……」

 怪しい警備員の制止も空しく少年はフルートに口を近づけていく。警備員がポールの上から何か言っているが、もはや彼の耳には届かない。……というか、どうやって10メートル弱のポールのてっぺんにいるのかがとても気になるだが……。それはさておき、この日をひたすら待ちわびてきた少年の願いが今、叶う……。

「はぁ……だからやめろって、エロガキども……」

『ぐぁっ……!!』

 訂正。寸でのところで阻止された。結局のところ、思った通りにいかないのが世の常である。


******

「――ああ、はい。今回は初犯ですし、通報とかそういうのは無しで。いえいえ、そんなに畏まらなくても。実質的な被害はありませんし、思春期ですから。ええ、それでは気を付けてお帰り下さい」

 少年達の家に連絡してから十数分後、それぞれの家の保護者が到着。彼らを引き渡して連行――もとい帰路に就いた姿を見送り、

「はあ、やっと終わったか……ダルいな」

 青年は今まで我慢していたため息をまとめて吐きだした。ついでに本音も。

「うむ、私と濡れ男の活躍でな」

「濡れ男じゃねぇ!!海女濡(あまぬれ)だ!!てかお前なんもやってねぇだろ!!」

「何を言う。私があの少年達を引き付け、濡れ男が取り押さえる。完璧な連携ではないか」

「どう考えればそんな考えにたどり着く……。あいつらの仲間の佐橋ってやつが俺達に伝えに来たんだろ。お前よりもはるかに役に立っている」

「やれやれ、これだから濡れ男は……」

「なんだその可哀想な人間を見るような哀れみに満ち満ちた目は……」

 この先程から濡れ男濡れ男と言われている青年は海女濡勝也(あまぬれかつや)。中背の背と何処か不景気な顔が特徴な青年で彩桜学園警備員の一人である。彼の常識的な反論は同僚の佐蒲晶には残念ながら届いた試しがない。

「なあ、ところで濡れ男?」

 長身で整った顔、そして不敵な笑みを浮かべたもう一人の警備員・佐蒲晶は言葉を続ける。

「お前も昔はあんなことをしていたのだろう?」

「はぁ?」

「なに、濡れ男のことだ、さぞや人に言うのも憚れるような経験をしてきたのだろう?今日のやつらのやったことなどすでに経験済――」

「んなわけあるか!!人の過去滅茶苦茶な妄想で汚すんじゃねぇ!!」

 海女濡という自分の名字に対して今まで好意を持ったことが勝也にはない。まるで呪いのように“海女”か“濡”の部分で必ずいじられるのだ。現に、目の前の人の話を聞かない同僚にも存分にいじられている。

「むぅ……つまらん」

「何が「つまらん」だ。俺はあんな変態的な行動しねぇし、俺は生まれてこのかた女性関係のことなんてない清らかな身なんだよ……。………………」

「あ、今自爆したな?濡れ男。何もそこまで沈痛な顔をしなくてもいいだろうに」

「うるせぇ!!」

 肩を怒らせながら勝也は一足早く帰っていった。晶の指摘の通り、自分の言葉に傷ついて自爆したのは事実であって、そして21にもなってこの調子の自分にはどこか虚しさを感じずにはいられなかったのである。


*****


「はあ……」

 そして明くる日。勝也はいつものように不景気な顔をして寝ころんでいた。高等部と中等部校舎の中間に位置する(と言っても、中等部と高等部の校舎は遠く離れている上、この学園の敷地は広大だから場所はあまりはっきりしないのであるが……)警備員・用務員兼用の僚の一室で彼は適当に本を流し読みして時間を浪費していた。

 なんとはなしに読んでいるその本は『願いの行方、黒き焔』。以前実写映画版で絶大な人気を博した人気小説、『スペリオルシリーズ』の第1部、『ザ・スペリオル夜明けの大地』の外伝小説2巻である。映画化の波に乗って様々なメディアミックスの一環として刊行されたのだが、一部本編ファンから、「こんなのスペリオルじゃない!!」と違いすぎる雰囲気から涙目で酷評をされた奇作(問題作)である。付け加えるなら著者は本編と別人。

 ……ちなみに、勝也は1巻・『願いの対価、仮面は嗤う』とともに古本屋で500円強の値段で手に入れたという。

「ふぁあ〜〜……眠…」

 まだ昨夜の眠気が取れずに勝也は欠伸をかみ殺す。基本的に彼は夜勤であるが、昨夜のように夜明け前は勤務時間外である。友人の暴走を止める為、件の佐橋少年がここを探し出して勝也達をたたき起こしたのであった。自分のやろうとしていたことを改めたのは確かに立派ではあるのだが、彼は真っ先に家族へ連絡が渡って連れて行かれてしまったのだから少し不憫でもある。

「しかし、日中は平和だな……」

 コーヒーをのんびりと啜りながら呑気に考えていた。今は丁度授業時間のはずだ。いくら魔窟などと呼ばれたり、個性的な生徒が居ようともここは普通の学校なのだ。つい数週間前に図書室が爆破されたことがあって用務員が愚痴っていたが、生徒達には実害0。今となっては、「ああ、そんなのもあったっけ?」となる程に騒ぎはなくなっていた。それに勝也からすれば夜には奇人・変人とエンカウントし続ける自分の勤務状況に比べたら天国と地獄。贅沢過ぎる悩みにしか聞こえなかった。

「こういうのが永遠に続けば最高だな……」

 目を伏せながら、枯れ果てた老人のような気分でそんなことに思いを馳せる。チャイムが鳴り、ホームルームが終わって放課後に差し掛かりかけたそのとき――

『まさこの!単独!妄想夢芝居!』

『いきなりどうした』

『趣味は!駆け込み乗車!まっさっこ!』

「…………………はい?」

 突如、校内放送で流れ始めた。謎の掛け合いに間抜けな声を上げてしまう。

「放送部……なのか?てか、どことなくジャックしてるような感じがするんだが……」

 そんな勝也の疑問――そして学校の各所から聞こえるざわめきに答える筈もなく、二人の女子生徒による『彩桜学園ラジオ(仮)第一回』は進んでいく。

『前に学校の屋上でやったやつが意外と反響が大きくて、ついこんな感じになったけど、いいよね?』

『いや、だか……』

 どうやら詩歌という生徒が進行とボケ、穂希という生徒が突っ込みのコメディ的な番組なんだろうと勝也は勝手に想像していた。しかもいつの間にか最初の頃のざわめきはもう聞こえなくなっている。放送開始時こそは呆気にとられていたものの、今では普通にBGMの一つのように聞いているのはここの生徒たちも皆持っている高い順応性故だろう。

『採用されたあなたに、猿渡学園の日坂春奈ちゃんのブロマイドをプレゼントしまーす』

「ぶっ!!」

 ただし、海女濡勝也は自分を常識人だと思っているのでこういった突発的なことには滅法弱い。霧状となったコーヒーが床に吹き付けられる。

「待て待て待て!!猿渡学園の女子生徒のブロマイドってどういうことだ!?」

 念のために断っておくが、勝也には近年急速に増えている大きく年の離れた年下の異性を好む人種ではない。

「なんで他校の生徒のブロマイドなんて持ってる!?てか友人の写真だとしてもそりゃいかんだろ!!」

 そんな勝也のツッコミも神ならぬ詩歌、そしてブロマイドを作られている日坂春奈という少女が知るはずもなく。

 そして、『彩桜ラジオ(仮)』が終了して数十分後。勝也の部屋の内線電話が鳴り出した。

「俺だ。一体どうした?」

『私だ。どうやら大変なことになってしまったらしい』

 電話の相手は同僚の晶からだ。真剣な声音で伝えてくる。

「大変なこと……?」

『ああ……来客入り口にとある有名人が来ていてな、やたらと校舎に入りたがっているんだ……』

「有名人?どんな著名人でも学校関係者以外立ち入り禁止のはずだろ……。んな無茶なこと言うのはどこの誰だ?」

『知らん』

「は?知らんってどういうことだよ……?「有名人がきているらしい」って言ったのおまえだろ?」

 晶の投げやりな言葉につい聞き返してしまう。知りもしない人物を有名人呼ばわりとは出鱈目いいところではないだろうか?

『本人が言っているのだから仕方がないだろう……』

「……そいつ、ただの不審者じゃないのか?「俺は有名人」って言えばどこでも入れると思ってるんじゃ――」

『いや、名前は覚えていないのだがどこかで見たことある顔なんだ。しかも本人が自分は綾なんとかだとか、ウィーンやら天才ピアニストやらやけにデマにしては筋の通った話をするんだ。受付がとても困っていてな……』

「とりあえず、お帰り頂いてくれるようにしたらいんじゃないか?」

『そうだな。……。……。よし、帰ってもらったぞ』

「…あえてどう追い返したのかは聞かないでおくからな」

『安心しろ、平和的解決法――ん、どうした?』

「……今度は一体なんだ?」

『年休を使っていた事務から連絡があった。どうやら、駅でここに向かう高校生の一団とすれ違ったらしい。全員猿渡学園の生徒で、しかも“スプリングコミュニティ”とか書かれた腕章と、口々に「春奈ちゃんの――」とかなんとか呟いてたらしいぞ』

「…………ちょっと待て」

『しかも驚くなかれ、先ほどお帰り頂いた自称・有名人も「春奈ちゃん……」と肩を落としながら去っていったな』

「…………」

 とてつもなく嫌な予感がする。

『そういえば、放課後の放送で日坂春奈ちゃんの――』

「みなまでいうな。それはいい。言わんでいい。むしろ聞きたくない。俺は認めたくない!!」

『さて、どうする?数十人だろうと私ならお帰り頂かせるのは造作もないが、それではお前は困るのだろう?』

「お前のやり方を支持するやつなんていやしないって!!てか待ってろ。……俺もそっちへ行くから。はぁ……」

 受話器の向こうから忍び笑いが聞こえたような気がするが、そんなことを気にする時間は無いようだと勝也は思った。即座に部屋着から警備員用の制服に着替え、来客入り口へと駆け出した。部屋を出る時にふと、自分の生活に平穏が訪れることは無いのではと思ってしまうのだが――臭い物に蓋をするかのようにその考えを忘却の彼方に放逐することにした。そうでなければやってられない。

 この後、“スプリングコミュニティ”――通称“春コミ”や諦めずにまだ残っていた自称・有名人と一悶着あるのだが……。それはまた、別のお話である。


********

「う……うぅ……ぐは」

 その夜。夜間ばかりでなく、日中までも変人達とのすったもんだに巻き込まれ、勝也は疲労困憊の体で校舎の見回りをしていた。

「全くあの程度の雑務で音を上げるとは……。濡れ男、お前もう老化が始まっているのか?」

「……お前に対して言いたいことは山ほどあるが……今はその気力すら……ない」

 実のところ放課後のすったもんだ自体、勝也には大したことでもなかったのだ。が、晶のやり方があまりにも“雑”務だった為にそれの事後処理が予想以上に無駄な労力を消費したのである。晶はやるだけやるといつの間にやらとんぼ返りをしていたので勝也一人がやる羽目になっていた。苦言を呈しようとも、ここで警備員をしてから恒例となってるので半ば諦めかけてもいる勝也であった。

「まあいい……俺は中等部校舎側見回るからお前は大学部校舎側頼む」

「わかった。30分後にまた会おう」

「ああ……」

 いつもの分かれ道、いつものルートを二人はそれぞれのペースで歩き出す。


****

 以前にも説明したように彩桜学園は巨大学園である。しかし、他所の巨大学園・マンモス校とはその趣は若干異なっている。たとえば、通常の中高一貫校であれば敷地内の面積の都合上、体育館等の施設が兼任・もしくは小さく造られてしまうのであるが、彩桜学園は中等部には中等部の、高等部には高等部の――といった具合にそれぞれに十分な大きさを持つ施設が建てられている。住所や敷地の全域に噂が立っているのはこの為だ。だから警備員や用務員などの教師以外の関係者も校舎ごとにかなりの人数が働いている。ここ高等部の警備員は勝也と晶の二人となっているが他の校舎にも警備員はいる。

「部室棟、異常無し……」

 若干疲れた声音で勝也は見回りを続ける。晶と見回ってたのは高等部校舎の丁度中央にあるエリアで、彼が見回っている中等部校舎側のエリアは部室棟、講堂、体育館、各委員会専用室等、主に授業以外での使用頻度が高い施設が集中している。時折夜に残って活動をしようとする部もあり、晶では話がややこしくなると考えて勝也が見回りをすることにしている(本来なら二人一組で見回るのであるが)。

「残るは体育館だけか……」

 今日は大した異常も見られなかったことに勝也は一人安堵する。正直今日はもう厄介事に巻き込まれるのは勘弁して貰いたかった。ふと立ち止まり、晶の担当している大学部側の校舎にめを向けてみた。

「大学部……か」

「いや……なんでもない……な」

 落ち合う時間に間に合うよう、彼は体育館に足を運んだ。


******

「ふーん、ふーん、ふふふーん、ふん。ふふふふんふんふ〜ん」

 軽快な鼻歌を歌いながら晶は見回りをしていた。

「ふふふふんふんふ〜んふん、ふんふんふふん、ふふん」

 晶の見回っているエリアには残りの施設――つまりは家庭科室や美術室のような特別授業で使われる部屋が集結している。基本、生徒たちが寄り付かない場所なので平和そのものである。

「しかし平和すぎるのは少しつまらんなぁ……」

 先程までの軽快な鼻歌は何なのやら、晶がつまらなそうに呟いた。

「平和が悪いと言わないが……なにかこう、ものたりない。何か私の心躍るようなことはないだろうか……」

 結局のところ、単に暇なだけなのだった。

「ああ……つまらん」

 そうぼやきながら、特にこれと言ったこともなく平穏無事に見回りは終了。晶はつまらなそうに、勝也には安らかに夜が明け――はしなかった。とても残念なことに。

「む……?」

 晶はふと一つの明かりを見つける。非常等と自分の懐中電灯以外に光源はないはずなのに、一つだけ明かりが煌々とついている部屋がある。

「あそこは……確か家庭科室だな…」

 光に引き寄せられるかのように晶はそこへ向かっていった…

******

「……なんだ、またあいつらか」

 息を忍ばせて、期待を胸に抱いてここまで来た晶はまるで勝也のように嘆息をし、そして不景気な顔で部屋の中を伺っていた。部屋の中にいるのはただの不良生徒――しかもいつぞや晶の「平和的解決手段」をうけた連中だった。またいつものように好き勝手している。家庭科室にいたのは単純に鍵でも開いていたからであろう。馬鹿騒ぎをしている連中へ歩いていった。

「おい、お前たち」

「あ、てめぇはこの前のバケモノ警備員!!」

「バケモノとはなんだ、失礼な奴等め。お前たちのような馬鹿に言われたくはないぞ」

「はっ!!いつまでも偉そうにしてられると思うなよ!?」

「ほう……お前たち随分と強気だな?」

「ああ、今日は助っ人がいるからな」

「助っ人……?」

「黒星サン、お願いします!!」

 不良の一人が大声で呼ぶとともに家庭科準備室の扉が開いた。中から出てきたのは大男だった。180cmはもちろん、2mに達しようかという体躯、服の下からでも分かる鍛え上げられた筋肉、そしてなぜか学ラン(彩桜学園の制服はブレザーである)を着込んだ、いかにもな「番長」的な人物が晶の前に現れた。しかも、その後ろから似たようなのがさらに2人も歩いてくる。

「彩桜高等部3年の黒星3兄弟だ!!さあ、黒星サン。やっちゃってください!!」

 いつの間にか不良生徒達が彼らの後ろで息巻いていた。「虎の威を借る狐」とはまさにこのことだろう。

「お前か、こいつらを可愛がってくれた警備員というのは」

 もはやテンプレートというより古典になりつつある台詞を腹に響くような重低音で3人組の一人が威圧してきた。しかし、晶はまったく物怖じせずに言い返す。

「お前たちのことなど私はかなりどうでもいい。そこの木偶の坊3体、後ろの馬鹿を連れてさっさと帰れ。もう下校時間はすぎている。ついでに学校指定の制服を着ろ」

「貴様……我等を一体誰だと――」

「だから知らんと言っただろう」

 さっきとは別の一人が言おうとした時、3人組の一人の体が崩れ落ちた。

「よくも大地をぉ!!」

 一人が激昂して拳を晶に突き出すが、それは空しくガスコンロを大きくひしゃげさせただけだった。

「私は言っただろう?」

「が……」

 晶の正拳が巨体に突き刺さり――

「もう下校時間は過ぎていると!!」

 そして、とび蹴りが最後の一人の即頭部に吸い込まれるような速さで炸裂した。

「そして、いつまでも帰らないせいとは強制的に帰らせると」

 それは言ってないと思うのだが……


******

「……お前、またこんなことしやがって……」

 いくら待っても来ない晶を探しにきた勝也は深く嘆息する。なぜか電気の着いている家庭科室を見てみれば、白目を剥いて動かない不良生徒と勝ち誇ったような顔をした晶の姿があるのだ。これは嘆息せざるをえない。

「ああ、濡れ男。丁度いいところにきたな、手伝ってくれ」

「あのなぁ……お前」

 勝也は晶の前に立って、呆れながら語りかける。

「もう少し“女らしく”できないのかよ……」

 目の前の、女性にしては長身(一応勝也の方が背は高い)で、整った顔をした、漢口調の、女性なのに警備員なんてできる出鱈目な強さを持った同僚に疲れながら言ってみる。しかし――

「私は私だ」

――いつものように聞き入れられることはなかった。

「はぁ……また、事後処理か……」



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